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未成年の喫煙者

雨宮 燐

本文

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君にこの経緯を伝えるには、

僕が中学生だった頃の話にまで遡る事になる。[page]



とは言っても、僕が中学生だったのは、たった十年程前の話だ。[page]



そう、たった十年。たった十年だけ。[page]



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僕が屋上で煙草を吸っていると、

決まってそれを注意しに現れた彼女。[page]



僕が中学生の頃から煙草を吸っていたのかって?

当たり前だろう。



喫煙者なんて全員未成年から吸い始めてるものさ。

成人してから煙草を吸い始めるなんて、そんな恥ずかしい真似は――[page]



まあ、結局は格好わるい事に代わりはないけどね。[page]



どこまで話したっけ? そうそう。

まだ全然話せてなかったね。[page]



彼女だ。

とにかく僕が煙草を吸っていると、いつも彼女はそれを注意した。[page]



けれど僕はそんな彼女が鬱陶しくてね。

彼女の存在がまるでそこにないかの様に、彼女が話す言葉の全てを無視し続けていた。[page]



今思えば、その行動はとても幼稚なものだった。

それでも、当時の僕にはそれが最善の手であり、精一杯の反抗だったんだ。

おかしいだろう? 不良の中学生なんて皆そんなものさ。[page]



そんな無視を続けていたのにもかかわらず、

それでも彼女は懲りずに、毎日屋上まで足繁く通って僕を注意し続けたんだ。[page]



存在を無視と言うからには、もちろん目を合わせる事すら殆どなかった。

たとえ僕が彼女の方を向いたとしても、視線はその奥にあった。

完全な無視だ。[page]



なぜそんな無視を続けていても、彼女は現れるのかって?

それは彼女が、僕のクラスの委員長だったからだ。

とても単純な話さ。[page]



別に偽善のつもりでも、クラスの調律を乱している僕を目の敵にしていたわけでもない。

彼女は人一倍、『委員長』という自意識が強かったんだと思う。[page]



けれど、人間というのは不思議なものでね。

いくら無視を続けていても、無視をされ続けても、

毎日顔を会わせていれば、自然と警戒心だったりわだかまりは溶けていくんだ。

僕ら二人も例外じゃない。[page]



ん? ああ、たしかに顔はめったに合わせなかったけどね。



なんていうか――そんな所にいちいち突っかかってくる君も、

彼女のような『委員長』タイプなのかもね。[page]



まあ、いつしか彼女の「煙草は二十歳から!」という言葉は既に、

僕らの間では「おはよう」という挨拶となんら変わりのないものになっていたのさ。

もちろん僕も『無視』という挨拶を返していた。[page]



そんな日々が一ヶ月と続くと、

彼女は『注意』のあとに、世間話を加えるようになってきた。

その頃から、僕の無視は完全な物じゃなくなった。

彼女の奔放な性格から紡がれる話は、どれもつい耳を傾けてしまうもので、なにより可笑しかった。[page]



彼女は僕よりずっと話すのが上手だったのさ。

だからついつい、笑ってしまう事もあった。

僕は咄嗟にしかめた面に戻していたけど、そんなものはバレバレだっただろう。[page]



それから二ヶ月、三ヶ月経つと世間話はクラスへの愚痴に変わっていた。[page]



まあ、委員長らしい愚痴だったさ。

「誰も真面目に合唱練習をしてくれない」だとか、

「今日の自主勉強時間すごくうるさくてね……」とかそんな他愛もない愚痴さ。[page]



決して『誰が真面目にやっていない』とは、言わなかった。

それは、彼女が『言えない』人だったのか、

それとも不良に告げ口をしているようで憚れたのか……。

まあ、今となっては分からないけれど。

それでも、やっぱり後者だったんじゃないかな? 僕は今でもそう思っている。[page]



一年経つ頃には、その『愚痴』は彼女自身の『悩み』に変わっていた。[page]



僕らも、もう中学二年生だったけれど、彼女は依然として『委員長』だったんだ。[page]



そう、その通りだ。辞めれば良かったんだ委員長なんて。

けれど、彼女にとって『委員長である自分』は一種の自己満足的な――倒錯的なアイデンティティだったのだろう。[page]



分かる気がするって?

やはり、君も『委員長』タイプなのさ。[page]



話を戻そう。

勘違いしているかも知れないが、僕らは決して悩み相談をおこなっていたわけではない。

出会った時ほど、完全なものじゃないとしても、

僕はその一年間変わらず彼女を無視し続けていたんだ。



それでも毎日話しかけてくるのだ。

だから仕方がなく聞いてやっていた。[page]



そうだな……「どんな悩みだったの?」か……。[page]



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『イジメ』だったのは覚えている。[page]



けれど、内容まではもう覚えていないな。

中学生の間じゃあ、イジメなんていうものは決して珍しいものではないはずだ。君も分かるだろう? [page]



――日常なんだよ。[page]



中学生のイジメっていうのは、

男女交際と同じ。

教師の悪口を囁くのと同じ。

宿題を書き写すのと同じ。

買い食いするのと同じ。

放課後に教室に居残ってお喋りするのと同じ。



学校という社会でのしょせん軽犯罪なのさ。[page]



今でこそ、色々と思うところはあるけれどね。

でも中学生なんて、そんなものだろう?

でなければイジメが全国で起こるなんて事はないさ。

イジメが一部の風習なんかじゃないのが、その証拠だ。[page]



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彼女がその屋上から飛び降りたのは、



その更に一年後の中学三年の秋の事だった。[page]



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それから僕は教師に無理を言って、五年間、毎日屋上に通い続けた。[page]



手土産にその日あった出来事を持っていってね。

日記よりも他愛ない話さ。[page]



当たり前だが彼女は、

そんな僕の話に笑うこともなければ、返事をすることもない。

当然だ。[page]



けれど、それでも僕は毎日屋上に手を合わせに行った。

煙草一本分の時間だけ。[page]



僕らはあの日から、完全に立場が逆転してしまったのさ。[page]



話しかけても、笑ってくれない。返事をしてくれるどころか、目も合わせてくれない。

けれど、どうしてか中学校の屋上は大人に近づく僕の心を癒してくれた。[page]



僕の二十歳の誕生日の日。

その日も、もちろんいつものように一本の煙草とライターを胸ポケットにしまって中学校の屋上を登った。[page]



それまでの五年間。

僕は屋上で煙草を吸っている間、

「もしかしたら彼女が現れるのではないか」

という期待がどこかにあったんだと思う。[page]



可笑しな話だろう?

それでも屋上で煙草を吸っていると、

ふとした拍子に彼女を「待っている」時があったんだ。[page]



「煙草は二十歳から!」と勢い良く屋上の扉を開けて現れる彼女を、[page]



ずっと待っていた。[page]



二十回目の誕生日を迎えた僕はその日から、

十五のガキに喫煙を注意されるなんて事はなくなってしまったのさ。[page]



だから、その日が最後。[page]



屋上に通うのも、煙草吸うのも。その日が最後だった。[page]



彼女が死んでから、五年目にしてようやく僕は涙を流せた。

それまで実感がなかったんだろうね。[page]



こっそり煙草を吸ってみる"悪い感じ"は、

彼女に会うための最後の希望だった。無駄な希望さ。[page]



それでも、僕を少しだけ救ってくれた。[page]



その日僕は、五年の月日を噛みしめるようにして煙草を吸った[page]



それから僕は、禁煙したのさ。

君もどうだい? 不良ってタイプでもないだろう?[page]



もし何かの反抗で吸っているのなら、僕がここでその相談にのろう。

なかなかいいものだよ。禁煙は。[page]



けれど、まあ。

煙草は一概に悪い物だとは言えないけれどね。

僕のように彼女と出会う事だって出来る。[page]



――先生は私が煙草を吸っているのを注意しに来たんじゃないんですか?[page]



もちろん? 注意しに来たさ。[page]



けれどね、世間話もしに来たんだ。[page]



――END――[page]







あとがき

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