オープンソース

惜別

kutuyanokobito

本文

[filter none]

[bg sunset]

[bgm kindness]

[text-color white]



 黄昏が過ぎ、宵闇を迎えた菫色の空に一番星が光る。



 真昼の熱を冷ますようにひんやりとした風が、水辺から程近い野営地を穏やかに吹き抜ける。焚き火の鮮やかな炎があちこちから起こり、涼しげな闇を煌々と照らす。普段はついぞ縁のない夜の地上で時を過ごせるとあっては、これも訓練の一部とはいえ野営の準備もどこかそわそわと落ち着かないものとなるのも仕方のないことであろう。日中に滞りなく終了した演習の熱気も冷めやらぬ兵士たちが、互いの手柄を誉めそやしながら夕餉の仕度に精を出す。ヴィラルはその脇を通り過ぎながら、静かな笑みとともに今日ばかりはそのはしゃいだ様子の私語も聞こえなかったことにしてやる。



 歩みを進めた野営地の一番上座には、ひときわ豪奢な天幕。その前で大きな焚き火が盛大に焚かれ、多くの兵士達が忙しく動いている。



「準備はどうだ。そろそろチミルフ様がお見えになるぞ」



 ヴィラルが声をかけると、その場にいた全員が直立し敬礼する。作業を続けろ、と手ぶりで示す。それぞれが作業に戻るかたわら、一人の兵士が近づいて来る。



「ヴィラル隊長! 少し手間取っていますが、もうすぐ終わりそうです」

「そうか」



 副官ともいうべき獣人の言葉に、ほっと安堵の声で返す。そのとき、伝令の兵が駆けてきた。



「チミルフ様、ご到着なさいました!」



 陣の中の先ほどまでの浮ついた空気が成りを潜める。演習の途中、螺旋王の召還により一時テッペリンに戻っていたチミルフを最敬礼で迎える。どっしりとした体躯とは裏腹な軍人独特の機敏な動きでチミルフがやってくる。



「お帰りなさいませ、チミルフ様!」

「ヴィラル、皆も。ご苦労だな。演習とはいえ今日はもうメシを食って寝るだけだ。楽にすごせ」



 チミルフが周囲に促した。その言葉に歓声をあげながら、それぞれに宴の仕度へと戻る。その様子を一通り見渡した後、チミルフがヴィラルへ振り向く。



「どうだ、ヴィラル。何も問題はなかったか?」

「はっ! チミルフ様! 万事順調です」



 びりりと威厳のあるチミルフの声に身の引き締まる思いでヴィラルが勢いよく答える。その答えにチミルフが満足気にうなづくと、後ろから声があがる。



「何を仰います、ヴィラル隊長! チミルフ様、問題なら大有りです! 先刻の狩りで隊長があまりに大物を仕留めたので、我々はそいつをさばくのにおおわらわです」

「こ、こらっ、貴様!」



 冷やかしたような報告を慌ててたしなめるが、その様子に周囲からにぎやかに笑い声が起こる。チミルフも「よいではないか」と怒る様子もなく、ヴィラルの肩に手を置いて、かかっと豪快に笑う。ヴィラルは恥かしさと誇らしさでうまく言葉を返せない。ただ、肩に置かれたチミルフの手が頼もしい。



「今日の成果というわけだ。今宵の楽しみが一つ増えたわ。のう、ヴィラル」



[page]

[bg night-sky-blur]

[text-color white]



――――ヴィラル。



                 ――ヴィラル。



                         ……ヴィラル。



[page]

『ヴィラル、どうした。なあ、もしかして寝てるのか?』



 通信機越しに聞こえた声に、はっと我に返った。

 狭いコックピット。そこはグレンの腹の中。モニタの時刻を確認すると、先ほど見たときからそれほど経っていなかった。

(……夢、か)

 刑務所を出たヴィラルはグレンに乗ることとなったが、シモンとヴィラルでグレンラガンを操縦するためには様々な調整を必要とした。宇宙に出ることを間近に控えた慌しさの中、連日長い時間をこのコックピットで過ごすことになった。



『おい、ヴィラル!?』



 語気を強めたラガンからの通信。



「なんだ」



 まどろみから目覚めてすぐの、未だ霞みのかかったようにぼんやりとする頭を軽く振って、ヴィラルはマイクをオンにした。



『返事くらいしろよ。ほんとに寝てたのか?』



 呆れたようなシモンの声が返ってくる。そんなわけがない、と見栄をはろうとして、ヴィラルはふと気が変わった。



「ああ、少しな。すまん」

『まあ、仕方ないさ。もう夜も遅いしな。リーロンたち、まだ終わんないかなあ』



 システムの調整のため、二人が待機になってからもうかなり経つ。



「……夢を見た」



 そう告げると、退屈しきっていたらしいシモンが「へえ、どんな夢だよ」と興味を示す。



「昔の夢だ。チミルフ様のいらした頃の」



 そうしてヴィラルの話す夢の話をシモンは何も言わずに最後まで聞くと、ただ一言「ふうん」とだけ言った。一年後の天気予報でも聞くように、どこか上の空な声で。



「貴様は見ないのか」

『何をだよ』

「夢を」

『……』



 長い沈黙が返る。サアァァと通信回線からかすかなノイズだけが聞こえる。

『……空が』

 ポツリと言葉が落とされる。

 ヴィラルはただ静かに聞いた。



[page]

[bgm shin-on]

『空が青いんだ』



[page]

[bg sky]

[text-color white]



 晴れ渡った空がどこまでも青く高くて、赤茶けた何もない大地がどこまでも続いてる。空と大地は遥か彼方で溶け合って、地平線も曖昧なんだ。

 どこかで鳥が鳴いてる。その声をかき消すようにギミーとダリーのはしゃぐ声が響いてくる。アニキが壊してばっかりのグレンはいつも調子が悪くて、リーロンが暇さえあれば調整してる。クモみたいな怪しげな機械で楽しそうにいじってる。ロシウはその隣で本を読んでる。俺はラガンにもたれてそれを眺めてる。ヨーコが作る遅い昼ごはんの、おいしそうな匂いが風に乗って流れてくる。もうすぐごはんだなと思いながら、でも午後の陽気が心地よくて、膝の上で昼寝してるブータを撫でているうちに俺もうとうとと眠くなってくる。

 そうすると、声がするんだ。



「よお、シモン」



 って。目を開けると目の前にアニキが立ってる。

 砂まみれの赤いマントはそれでも鮮やかで、でもアニキの赤い目はそれよりももっと鮮やかなんだ。よお、シモン、天気もいいし、ちょっくらあの山の向こうまで行ってみようぜ。そう言ってラガンの額をぺしっと叩く。俺がもうすぐごはんだよって言っても、アニキはすぐ帰ってくればいいさって胸を張ってやけに自信満々に言うもんだから、俺はしょうがないなと笑いながら立ち上がる。目を覚ましたブータも催促するみたいにラガンに一番乗りで乗り込む。ヨーコが帰ってきてもごはんないわよって言うんだけど、アニキはかまやしねえって意地張って、ほんとはちょっとお腹すいてるのにさ。



 でも俺を振り返って嬉しそうに笑って言うんだ。



[page]





行こうぜ、シモン!



[page]

[bg night-sky-blur]

[text-color white]

[bgm yokaze]

 淡々と、まるで他人事のように静かにシモンはそう話した。けれど時折、穏やかな笑いが声ににじむのをヴィラルは感じた。



「幸せか?」



 その夢の中で。

 ヴィラルの問いにまたしばし、沈黙が返る。



『……おまえと同じだよ』



 胸のうちを見透かされたような答えに、憎たらしいとヴィラルは思わず薄く笑みを浮かべた。それ以上はどちらももう何も言わなかった。



『はいはぁい!二人ともお待たせ。それじゃちょっと始めましょ!』



 時が止まったかのような静けさの中、唐突に通信回線が開いて疲れを感じさせないリーロンの声が響いた。わかった、とシモンが短く返すのが聞こえる。ヴィラルは短く息を一つ吐いた。



『なあ』

「なんだ」

『戻りたいと思うか?』



 あの頃に。

 その言葉に、ヴィラルは息を呑んで静かに目を閉じた。



 宵闇の菫色。水辺を渡る風。空を焦がすかがり火。仲間たちの笑い声。肩に置かれたチミルフのあたたかな手。



 けれど。



 ゆっくりと目を開けて、ヴィラルが答えた。



「貴様と同じさ」



 回線の向こうから満足気に笑う声が聞こえた。ヴィラルはかすかな笑みを浮かべ、操縦桿を深く握った。

あとがき

戻る