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JACK+ 第1話 異国

sungen

本文

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速水朔は窓際で電話をかけていた。

このアパートは、なぜか電波の入りが悪い。





『おかえり、サク。フランスはどうだった?いつ帰ったんだい?』



「別に、普通だった。一昨日帰ったけどずっと寝てた。…今日は片付け」

『はは。楽しかったなら良かった。片付け、僕も手伝いに行こうか?』

「…別にいい。お前メルボルンから来る気か?」

『あはは。ああ、それで、撮影はどうだった?』

「まあなんとか。あいつも元気だった。お前によろしくって」

『彼の新曲はいつ出るんだい?PVはネット配信とかするのかな』

「さあ、なんか編集とか仕上げとか、時間掛かるらしい。でも今年中には出るって言ってた。でも二曲とか、聞いてない。アイツいつもそうだよな。俺が着く直前にインスピレーションで作ったって、じゃあこの曲に合わせて踊ってくれ!たまにはブレイク以外で、とか、無茶振りだろ!?まあ、踊ったけど」

『はは。彼らしいね。でもそれでヒットするなら、良いんじゃないかい?』



『それで、次はアメリカ?忙しいね』

「ああ。今度はニューヨーク。けどロスに寄ってから行くつもりだから、明後日には出発する。チケットももう取った。それまでに片付くかな…手紙はいいけど、ジャックのクマが…。やっぱ捨てようかな」

『うーん、じゃあクマ、僕も少し貰おうか?』

「いい。お前がクマとか、気色悪い。じゃあ、またメールする。電話は出られないから」



『はいはい。頑張っておいで。じゃあね』

「ん。隼人、またな」



通話を終えた速水は、携帯をPCラックの端に置いた。



外は残暑。室内は冷房が効いている。

速水のアパートの部屋は様々な物で埋まっている。



いま、彼の部屋で一番の割合を占めているのは、友人の部屋から引き取ったテディベア。

ベッドの上、窓の枠、壁際、そしてソファーの上まで。薄いブラウンの、中~大の大きさで、三十くらいはあるだろう…。

と本人は思っているが、実際数えるともう少し多い。



部屋の中心には、木で出来たローテーブル。

その上には手紙が山ほど積まれていて、今にも落ちそうだ。



十畳ほどのワンルーム。元は何の変哲も無いアパートだった。



速水はこの部屋に、一月ぶりに帰って来た。

片付けもそこそこに直ぐ寝て。そして起き。

洗濯などをして、その後ずっと手紙を読んでいたのだが…、先程、そう言えばと思い親友の隼人に連絡をした。



速水は床に座った。

…ファンレター、ありがたいのかもしれないが、この量。

机の反対側にはまだ段ボールが三つ。全部見るのか?

速水はうんざりした。



そのほかにも。彼の周囲にはプレゼントらしき箱。これは二十も無い。

手紙以外はお断りとなっているので、いま散らばっている箱は、特に親しい友人達からのものだった。

この贈り物は後回しだ。

楽しみはとっておくタイプと言う訳では無く、単純に多い物から片づけるタイプなのだ。



彼は、プロのダンサーだった。

しかし一般的なイメージで言う、ヒップホップでは無く、ブレイクダンスをやっている。



彼は今から約一年と四ヶ月前、世界大会で優勝した。

その時は二人組、ダッグで出場したのだが、その時の相方はもう居ない。

相方は優勝した直後の凱旋ライブで死亡したのだ。



事故だった。



…そんな訳は無い。



いや、確かに事故だった。警察の調査を見ていたが、建物は老朽化していたが。

不審な点は無い、偶然と言う名の、不幸な事故?…本当に?

速水は信じていなかった。



タイミングが良すぎるのだ。

一体、この世界のどこに、世界大会で優勝して、凱旋ライブしたとたん、舞台の上であっさり死ぬダンサーが居る?



「ハァ…」

ハサミをテーブルに置いて。速水は溜息を付いた。



先程から、というかもうずっと、封筒を開けば。

『速水さん、ガンバって下さい!応援してます!』

『ジャックは永遠です!』

『…まるで、ジャックが生き返ったみたい、いえ、それ以上です!』

『感動しました!!ありがとう!!速水さん!いいえ、ジャック!!ずっとずっと!ファンでいます!一生かけて!!』



そんな言葉にうんざりしていた。

まあ、今まで放置していた自分が悪いのだが…。



それにまだ、友人宛ての手紙もあるのだ。

自分宛の物を見終わったら、そちらも見ないといけない…。



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異国の地。日本。

ジャックはここで死んだ。

彼は伝説のダンサーだった。…死ぬ前から。



ジャックが死んだ翌年、速水は同大会に出場した。

結果は準優勝。…優勝できなかった。

振りは速水が考えた二人編成。しかし、一人で踊った。

ジャックはブレイクダンスの新たな境地を開いていたように思う。

速水はそれを額面通りに受け継いだだけだ。





…速水の踊りはすばらしいと絶賛された。



『俺はダンス続けます。ジャックの代わりにはなれないけど』

彼はインタビューでそれだけ言った。



それから四ヶ月。彼は今や、何処へ行っても『ジャック』と呼ばれる――。



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彼はひたすら、開いて、読んで、しまって、輪ゴムでまとめて。

それを繰り返す。

『あなたのダンスが、大好きです!』

…それなりに文面に感謝して。



そしてまた次の手紙を手に取る。



「…?」

彼は眉を潜めた。

ファンレターらしさが全く無い、白い封筒…。



DMが紛れ込んだのか?速水はそう思った。

切手は無いが、これは別に珍しい事でも無い。

裏返してみる。



差出人は。



「ネットワーク…?」



とだけ記され。速水朔はその差出人を知らなかった。

封筒をまた裏返すと確かに自分宛だ。宛名シールに住所、氏名がパソコンで打ってある。

となるとただのDMだろう。料金別納郵便というわけでは無いから、直接ポストに入れたか?



…けど、おかしいな。何でファンレターの中に?ポストは見たけど、混ぜた覚えは無いし。

…一応開けて、大した物で無いなら捨てよう。



彼はそう思い、ハサミで封を開けた。



中から出て来たのは、一枚のカードだった。



トランプ。…ダイヤのジャック。



スイカなどの磁気カードに似ているが、それよりも高級な感じだった。

裏は真っ黒。鉄か何かでできているのか?



「なんだこれ」

彼はそれを手に持って眺めた。

封筒をのぞくが、他には何も入っていない。

ネットワーク、とか明らかにうさんくさいし、誰かのイタズラか自作のアイテムだろう。

カミソリレターよりは洒落が効いている。

そう思って、袋に戻した。ファンレターではないので、輪ゴム行きとは別にした。



そこで、ふと無くすかも、と思い、彼は立ち上がってPCデスクにのせた。





その後また手紙の開封にいそしんでいると。チャイムが鳴った。



「はい」

インターフォンの画面を見ると、男が一人立っていた。

黒スーツに、えんじ色と白のストライプのネクタイ。くたびれたトレンチコート。



『あー、茨城県警の宇野宮大介って者だけど、一応警部。速水朔さんのご自宅で合ってますか?』

男は警察手帳を見せ、名乗り、そう言った。



「合ってます。…すみません。俺、今忙しいんですけど。ご用件は?」

速水は言った。明日はまた別の打ち合わせが入っているし、この手紙の山を今日中に片付けたい。

『ジャックさんの事故について、少しお話したいんですけどね』

「…お話?今さら?」

彼は首を傾げた。確かにこの男には見覚えがある。

事故の後、所轄の警察官を顎で使っていた男だ。



だが今更、電話ならともかく…いきなり訪ねてきて?

「何か分かったんですか?」

それでもジャックは身を乗り出した。

『とにかく、中に入れて貰えるかな?何なら、外でも良い』



部屋には足の踏み場も無く、人を入れられる状態では無い。



「…今散らかってるので。出ます」

速水はそう言って、切り、キャップを手に取った。



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「悪いね、態々」

「いえ。そこの店で良いですか?」

そして場所を近くの喫茶店に移し、簡単な事を聞かれた。



簡単な事、すなわち、あの日、あの場所に居たメンバーについて。

純粋な事故として調査は打ち切られたが、宇野宮はまだ調べ続けているという。

速水は当時を思い出し、名前を挙げた。



速水は招待した友人や、その家族、関係者、施工業者の名前も全て覚えていた。



宇野宮はそれに驚きながら、せかせかと手帳にメモした。

それなりに時間が掛かり、煙草を何本も吸っている。



「けど…やっぱりあれは事故だったんです。俺が信じたく無いだけで」

速水も当時は調査の粗を探したが、ジャックの死から時間が経ち、そう思う様になっていた。

実際、事故としか言いようが無い。



――あのライブの時――。



がつん、と舞台に天井の一部が落下した。

速水はそれを踊りながら目の端で捕らえた。



次の瞬間、天井ごと抜け、巨大な鉄の塊が落ちコンクリートが次々に落下し、ジャックを直撃し、速水も巻き込まれた。



まさに大事故。

場内に悲鳴が響き、パニックになった。



その後、内部の基礎の老朽化が酷かったとか、照明が重かったのではないかと言われ、ハウスの支配人と舞台装置の施工業者が、入院していた速水に土下座をした。



…何度も、世話になった人達だった。



支配人は自分の不備を責め、…見ていられなかった。



施工業者は、建物の耐久性を計算に入れていなかった、だがあの程度で落ちるわけが無い、あれは前回のライブの時と同じ物だった…たった一つの追加をのぞいては…!と涙ながらに釈明した。



速水は彼等の為にも、踊り続ける必要があった。



ジャックの死を悲しんでばかりは居られない。

立ち止まるわけにはいかない。泣いてしまうから。

踊らないと―!



「速水君」

「あっ、はい」

机の上のキャップに目を落とし、当時を思い出していた速水は顔を上げた。



とんとん、音がする。最後の煙草を取り出す音だ。

宇野宮の煙草は、これで一箱が空になった。



「俺も、ジャックのファンだったんだ。気持ちの整理がつかなった…」

宇野宮が、煙を吐き出し呟いた。



「そうですか…。ありがとうございます」

社交辞令だろうと思ったが、速水は礼を言った。

「君は若いのに、しっかりしてるな」

宇野宮は目を細めた。



「…あの、質問良いですか」

「なんだい、ああ、どうして今更来たかって言うと―、ハウスがもうじき」

「いえ、そうじゃ無くて。ハウスが取り壊されるのは知ってます」

「そうか、なら、最後に見に行くか」

「いや、そうじゃ無くて」「ん、ああ、」

さらに宇野宮が何かを言おうとしてお見合いになった。

速水は宇野宮とはタイミングが合わないな、と思った。溜息を付く。



「…宇野宮さん、あなた警視でしょう。何で今更調査に来たんですか。階級詐称とか良くしてるんですか?」

「―!!っ、ゴホっげほっ、ぎょっほ!」

速水の言葉に、宇野宮はむせ込んだ。

「な、ななんで知って、うわっ!」

宇野宮は手に咥えた煙草を落とし、拾おうとして灰皿をぶちまけた。

「何でって、別に。事故の後で聞いたんです、あの人は誰ですかって…」

速水は、宇野宮をじろりと見た。…速水は目つきがきつい男だった。

宇野宮はたじろぐ。



一年前、自身の怪我はたいしたことが無かった速水は、早々に退院し、調査に立ち会った。



確かに、現場の警官には宇野宮警部と呼ばれていた。



「けどそんな感じじゃ無かったし。一人を捕まえて、良く聞いたら、こっそり教えてくれたんです」

実際は、宇野宮に親しそうにしていた刑事をにらんでカマを掛けたのだ。



『おい。あの人、警部って言われてるけど、変に貫禄あるし、違う気がする。

キャリアって、見た事無いけど、…あんな感じかな?』

…そのうちに面白がって教えてくれた。



「あいつか。チッ」

宇野宮も、その刑事には心当たりがある様だ。

やけくそっぽく、最後の煙草を灰皿に押しつけた。



「分かった。嘘をついて悪かった。今日は頼みがあって来た。とりあえず出よう」

「え…」

宇野宮は伝票を取り、速水の腕を取り、席を離れた。



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車に乗せられ、速水はライブハウスに来ていた。



移動に三十分ほどかかり、時刻は、もうすぐ七時。

何があるのか、異様なほどの飛ばしぶりだった。

車中ではあまり口を利かなかった。



「降りてくれ」

宇野宮が言った。



速水は車外に出て、ドアを閉め、落書きだらけのバリケードで囲われたハウスを見た。



ハウスは…崩れたステージを含め、当時のままになっているはずだ。

外観からはわからない。



そちらへ歩く。

バリケードのゲートに、幾つもの花束がおいてある。

涸れているものも多いが、いくつかは先日置かれたばかりのようだ。

…天国のジャックへ。手紙の内容はきっと速水の活躍に関するモノだ。



駐車場から走って来た宇野宮がバリケードのゲートを開けた。

鍵を用意していたらしい。腕時計を見て、ゲートの隙間に滑り込む。

「おい?」

腕を引かれ速水は戸惑った。危うくゲートに肩をぶつける所だった。

「いいから、早く!」

「ちょっ!何なんだ!?」

「急いでくれ!」



ライブハウスの扉は開いていた。



ホールに着いた宇野宮は肩で息をし、速水の腕を放した。

「おい!!奈美はどこだ!?…妹は!!」



「っ!?」

いきなり照明がつき、ジャックは目を細めた。

舞台で使う、スポットライト――。それがホールに入って来た速水と宇野宮を照らす。

「奈美!?」

その奈美は、ステージの手前に倒れていた。何故分かったのかというと、そちらにライトが当たったからだ。服を着たままロープで縛られ、胸にはナイフと血が。

これは!?人質――!!?

「っ!!」

宇野宮が駆け出す。

「おい!!!」

速水は宇野宮を止めようと手を伸ばして叫んだ。走り出そうとして、つんのめった。

体がぐらつくのだ。



「え…?」

気が付いたら床に膝をついて、腕をついていた。



速水は意識を失った。



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速水と宇野宮が意識を失った後、十名ほどの人間がホールに入って来た。

皆スーツにガスマスク。

使われたのは全身麻酔などに使われるガス。それがフロアに充満していたのだ。

もちろん、奈美という女も事前にそれを嗅がされていた。

彼女に怪我は無い。胸に付いた血は血糊で、ナイフも単なる演出だ。



三人の男が倒れた速水に近づき、彼を拘束した。そして担ぎあげ、何処かへ去って行った。



残りの者達は撤収に掛かった。

機材をケースにしまい、その後で倒れたままだった奈美と宇野宮を運び出す。



…ホールには何も残らなかった。



〈おわり〉

あとがき

つたない編集ですみません。
この話は、主人公のブレイクダンサー速水 朔(17)が、ダンスで世界平和を目指す地下組織『グローバルネットワーク(GAN)』に誘拐され地下でダンスバトルをし、ダンスを辞めるまでの話です。
舞台がアメリカで、こちらのデンキノベルの素材にまさにイメージにぴったりな物がもう山ほどあったので、試しに作ってみてしまいました。

※小説家になろうで連載中。そちらに現在13話まであります。登場人物紹介や、ブレイクダンス用語解説、あと下手ですがキャラ絵も自給自足で描いてます。良かったら専用サイトをのぞいてやって下さい。
ダンスパーティーシリーズ専用サイト
https://sungen-ooki.wixsite.com/jack-dance-party

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