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ひきこもりの妹が、探偵ごっこを始めたようです プロローグ

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「ただいまー」

 玄関のドアを開けながら間延びした声で帰宅を告げる。

 学校から自宅に帰ると、まず最初に洗面所で手洗いうがいを済ませた。

 俺の名前は定家牽牛(さだいえけんご)。都内の学校に通う高校三年生だ。

 自分に関しては特に語ることはない。至って普通。一般的な男子高校生だと思っている。

 成績も特別に良いわけでもないし、部活動に打ち込んでいるわけでもない。

 将来の夢も現段階では特にないし、進路だってまだ漠然としか考えていない。

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[se door-chime]

「こんばんはー、宅配便でーす!」

 洗面所から出て来ると、来客を告げるチャイムと共に、威勢のいい声が聞こえてきた。

「あ、はーい」

 それを聞いた俺は、そそくさと小走りで玄関へと向かって行く。

「こちら、定家様のご自宅で間違いないでしょうか?」

「はい、うちが定家です」

「Konozamaさんからお荷物です。サインか判子を頂けますか?」

「はい。じゃあ、サインでお願いします」

 荷物を受け取ると、伝票に配達員から渡されたボールペンでサインをする。

「では、確かにお届けいたしました!」

 配達員は伝票のサインを確認すると、元気ハツラツといったキビキビとした態度で去って行った。いつも思うが、彼らはいつもエネルギッシュだ。見ていて気持ちがいい。

「Konozamaから、ってことは――」

 配達員を見送ると、荷物に記載されていた宛名に目を通す。

 この家でこの通販サイトを使う人間は、俺ともう一人しかいない。

 俺自身はここ数日は利用してないので、この荷物の主は必然的に絞られるわけだ。

「カズラ、か」

 ――定家葛(さだいえかずら)、俺の妹。

 さっきも言ったように、俺については特に話すようなことはない。

 それでも自分について、なにか説明をしなければいけないならば、俺は妹について話さなければならないだろう。

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 カズラは一歳年下の妹だ。

 平々凡々な兄とは違い、昔から学校の成績が良く俺としては自慢の妹だった。

 現在は都内でも有数の進学校、久遠寺大学付属高等学校の生徒でもある。

 入学してから行われた全国模試では、なんと全国一位まで取ったという。

 しかし今、妹は学校へは登校していない。

 加えて言うならば、約一年ほどこの家から出ていない。

 カズラが学校に行かなくなったのは去年のことだ。原因はクラスでのイジメだった。

 俗に言うひきこもり、不登校と呼ばれるものに妹は当てはまるのだろう。

 今のカズラにとっては、この家の中が世界の全てなのかもしれない。

 だから欲しいものがあれば当然、通販に頼ることになる。 

 俺は荷物と通学鞄を持つと、階段を登っていく。

 自分の部屋に行くついでに、この荷物は妹の部屋まで届けなければならない。

 カズラは食事も部屋の中で取るし、そもそも入浴やトイレなど必要最低限の機会しか部屋の外に出ないからだ。

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 階段を登ると、妹の部屋が見えてくる。俺の部屋はその隣だ。

「カズラ、荷物届いてたぞ」

 部屋の前に着くと、俺は軽くドアをノックして用件を伝える。

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「入るぞ」

 そして返事を待つことなく、ドアを開いて部屋の中に踏み込むのだった。

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[bgm daily-life]

「あ、お兄ちゃん」

 ドアが開いた音でようやく俺に気付いたのか、カズラはこちらを振り向いて口を開いた。

 大抵はヘッドフォンをしているせいか、ドア越しに話しかけても反応がないのはいつものことだった。返事を待たずに入ったのも、それが原因でもある。

「おかえりぃー」

 にへら、と緩みきった笑みを浮かべて、こちらを見るカズラ。

 その姿を見てみると、ゆったりとしたパステルカラーのパジャマからは、未発達の少女特有のスラリとした体躯がうかがえる。

 そこから覗く日光の脅威から解放された肌は、まるで陶器のように白くきめ細かい。

 身体の動きに合わせて揺れるカラスの濡れ羽色の美しい黒髪は、去年から伸ばしっぱなしになっていて、もう腰元まで届いている。

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 カズラはとても小柄なので、余計に長く見えてしまう。

 家に引きこもるようになって、カズラは幻想的な美しさを醸し出すようになったと思う。

 穢れきった外界から切り離されれば、人間はこんな儚げな姿になるのだろうか。

 力を込めて抱きしめてしまえば、途端に霞んで消えていってしまうような――

 そんな虚構めいた魅力を今のカズラは有している。

「荷物、届いてたぞ」

「んー。ありがとー、お兄ちゃん」

 脇に抱えていた荷物を見せるとカズラは、表情を緩めて感謝の言葉を告げる。

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「あ、でも、ちょっと待ってて」

 しかしカズラはそう言うと、椅子を回転させて再び机の方に向かった。

 視線の先にはパソコンのディスプレイがあり、カズラは流れるように洗練された動きでマウスを操作する。

「このスレ主の釣り宣言待ってるの。気になるから、もうちょっとだけ……」

「また掲示板か」

 そんなカズラを見て、俺は溜め息混じりに問いかける。

 よく見れば、パソコンのディスプレイは二つある。

 一つは有名な某匿名掲示板、もう一つはアニメらしき動画を再生しているように見える。

 どうやらアニメと並行で掲示板も見ていたらしい。器用というか、何というか。

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「せかちゃんはエンタメの最先端だからねっ」

「ドヤ顔で言うな」

「今はせかちゃんでなんでも情報収集する時代だよ? むしろ今どき、ここをまったく見てない方が珍しいし」

「俺は情報に踊らされないんだよ」

 得意満面に語るカズラに、やれやれと肩を竦めて答える。

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 セカンドちゃんねる。通称・せかちゃん。日本で最大規模の匿名掲示板として有名だが、カズラはここの住人だ。俗に言う〝せかちゃんねらー〟ってやつか。

「喰ログとか、konozamaのステマだらけのレビューより、ここの方が虚飾のない感想があるしね。顔が見えない分、率直な意見が飛び交ってるのが魅力だし」

「その分、チラシの裏に書いてあるような、何の役に立たない情報も多いけどな」

「そこから有益な情報を見つけ出すのが楽しいんだよ」

「流石は一日の大半をディスプレイの前で過ごしてる人間の言うことは違うな」

「リア充どもが外に出て授業や仕事に打ち込んでいる間、せかちゃんで優雅にネットサーフィンをする……そういうことにカズラは生き甲斐を感じるんだよ」

 呆れ気味で言う俺に、カズラはフヒヒッと不気味な笑みを浮かべながら答える。

 容姿に関しては兄としてひいき目に見ても可愛いとは思うが、そんな笑い方をされては台無しだ。まあ、それでも可愛いのだが。

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「ほらよ」

 一通りのルーチンワークが終わるのを待つと、荷物をカズラへと手渡す。

「わーい、届くの楽しみだったんだぁ」

 手慣れた調子で梱包を開封していくとカズラは、鼻歌交じりでダンボールからお目当ての代物を取り出していく。

「うーん、やっぱりグッスマン製のフィギュアは出来が良いな~」

「それは何のキャラだ?」

「今春、アニメ化を果たした超大作――ビックリバスターズのメインヒロイン、夏目凜ちゃんだよっ」

「ギャルゲーじゃねぇか」

「Faultは文学、ビクバスは人生。業界の常識だよ! これ、豆知識な」

「どこの業界だよ。というか、随分と大きく出るな」

「いやー、あれは泣けたね……年齢的な問題で、移植版しかできないのが残念だったよー」

 妙に凝ったパッケージから取り出したフィギュアを取り出すと、四方からそれをまじまじと眺めるカズラは、恍惚の表情を浮かべている。

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 ――さて。ここまで来ればお気づきかと思うが、俺の妹はオタクだ。

 しかも相当にディープな領域に足を踏み入れてしまっている、かなりコアなオタクだ。

 その守備範囲は広く、ゲームに漫画、アニメにライトノベル。更にポスターやフィギュアまで収集している。

 部屋の中を見渡せば、壁にはアニメやゲームのキャラクターのポスターやタペストリーが貼ってあるし、大きめのディスプレイケースには所狭しと大量のフィギュアが飾られている。布団からはキャラクター柄の抱き枕が見え隠れしてもいる。

 引きこもりとは言えおよそ十六歳、花の女子高生の部屋とは思えない有様だ。

 しかし、妹がこうなってしまった責任の一端は俺にもあるのだ。

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 カズラが引きこもってから俺は、どうにか必死に接点を持とうと努力した。

 両親は様子見を選択していたが、俺にはそれが我慢ならなかった。

 このままでは妹が、自分の手の届かない場所まで行ってしまう。

 そうなれば今までのように、笑い合うこともできなくなる。当時の俺はそう思っていた。

 だから積極的に、関わり合いを持とうとした。 毎日おはようやおやすみの挨拶は欠かさずにしたし、カズラの部屋を訪れたりもした。それでも状況は一向に好転しない。学校の話題を持ち込まず、どうにか会話を試みたが、やがて俺はネタを切れしてしまったのだ。

 妹となにを話せばいいか分からない。どうすれば気を使わせず、会話に興じればいいかの分からなくなってしまった。そんな時だ。ふと部屋に転がっている漫画に目がいったのは。

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 それは昔から好きな作者の最新作で、前の連載作は兄妹で回し読みしてたのを思い出す。

 中学に入ってからカズラは勉強に集中するため、漫画の類いはあまり読まなくなってしまったが、今ならば時間が取れて読めるかもしれない。

 何より日々を死んだように、ただ無為に浪費している妹に気分転換して欲しくて、俺はその漫画をカズラに貸してみることにした。

「この作者、お前も好きだったろ? これ最新作だから読んでみろよ」

 そう言って俺は、妹に漫画を差し出した。

 ほんの気まぐれ。特に期待もできないただの思いつき。

 万策尽きた末の破れかぶれの作戦だったが、結果としてこの試みは成功した。

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「お兄ちゃん……その、貸してもらった漫画……読んだよ。面白かった……」

 数日経って部屋を訪れた俺に対して、カズラは僅かに微笑みながらそう言った。

 きっとそれは妹が引きこもって以来、初めて見た笑顔だった。

 それを見た瞬間、泣き出しそうなくらい嬉しかった。今までの空々しい上辺だけの会話ではなく、カズラの心からの言葉が聞けたような気がしたからだ。

 あの展開は予想外だったとか。

 あのキャラは本当に良い奴だったとか。

 あのシーンは手に汗握ったとか。

 あの終わり方は続きが気になるだとか。

 そんな他愛のない、普通の会話で盛り上がることができたのだ。

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 俺にとってそれは、涙が出そうになるほど嬉しかった。

 カズラは家族に迷惑をかけているひきこもりではなく、定家葛という一人の人間として。

 俺はそんな妹に気を使っている家族ではなく、定家牽牛という一人の人間として。

 俺たちの置かれている重苦しい境遇を忘れて、一切の気負いもなく一介の兄妹として会話を楽しむことができた。

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「もしよかったら、他にもお兄ちゃんのオススメの漫画とかあったら読みたいな……」

 カズラの希望もあって、それから俺は自分の持っている漫画をカズラの部屋へと持っていくのが日課となった。

 本を返す時には本の感想で盛り上がり、やがてそれがゲームや小説へと発展し、カズラはどんどんサブカルチャーに詳しくなっていった。

 いつの間にか俺の方がオススメの漫画やゲームを借りるようになり、完全に立場が逆転するようになるまで、それほど時間はかからなかった。

 今の時代は本は電子書籍として、ゲームや音楽はダウンロード販売として、実際に店まで行くことなくコンテンツを購入することができる。

 一昔前までは考えられないことだが、現代においてそれはスタンダートになりつつある。

 そう言った時代の恩恵を受け、カズラのオタク文化への傾倒は進んで行った。

 呼吸するようにアニメを流し、義務のようにゲームをプレイする。

 漫画やライトノベルは、もはや教科書や参考書と言ってもいい。

 フィギュアやポスターは、一級のインテリアとして部屋を彩っている。

 ネットスラングは、まるで公用語のように平然と口にしている。

 そんな完全無欠なオタクに、妹はなってしまったのだ。

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「うっひょー! このパンツのシワにまで拘った造型、堪りませんぞ……」

 フィギュアをローアングルから覗き込んでいたカズラは、職人が己の作品の出来映えをじっくりと確認するように重苦しく呟きを漏らした。

 そして満面の笑みで、ガッツポーズを取る。

 どう見ても小学校低学年くらいの年齢にしか見えないキャラの下着を見て、お前はいったいなにがそんなに嬉しいのだと問い詰めたいが、面倒なので止めておこう。

 地雷を踏めば、延々と萌え語りを聞かせられかねない。

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 しかしオタク文化に触れて、カズラは以前より強くなったと思う。

 いや正確に言えば、ネットの世界に関わるようになってから……か。

 ネットの世界には様々な人間がいる。小学校に通っている子供から、老年と呼べるような大人まで、ありとあらゆる年代の人間がそこに存在していると言ってもいい。

 職業も様々で、サラリーマンからオペレーター、デザイナーやプログラマー、派遣社員やニートまで、それこそどんな人間でもいると言っていいだろう。

 中にはカズラよりも壮絶な人生を歩んでいる人間もたくさんいて、そういった人間とのふれ合いがトラウマの緩和に繋がったのがと思う。それはあくまでも一時的なもので事実、今でも妹は学校に登校することおろか家から出ることができていない。

 ただこうやって、以前のように話をすることもできるようになったし、何よりも今のカズラは生き生きとしている。そんな妹の姿を見ていると、どこか安心してしまうのだ。

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 確かにカズラは世間的に見れば、部屋にひきこもって登校を拒否している社会生活不適合者なのかもしれない。しかし今の妹は、とても楽しそうに生きている。

 ほんの数ヶ月前までは死んだように日々を過ごしていたことを考えると、今の方が俺にしてみれば何倍もマシだ。学校なんかに通っていなくても、本人が幸せならそれでいい。

 幸せの形は人それぞれだと思う。

「チッ……流石にキャストオフは無理か。ひんぬーがどうなってるか楽しみだったのにぃ」

 フィギュアの衣類を脱がそうと躍起になっていたがどうやら諦めたらしく、残念そうに呟きを漏らしているカズラを見て、俺は真顔になりながら自分に言い聞かす。

 ――そう、これでいいのだと。

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「とうっ!」

 フィギュアをひとしきり鑑賞し終えると、不意にカズラは勢いよくベッドにダイブした。

 マットレスのスプリングが軋む音と共に、バフンと布団に身体が沈んでいく。

「ふっふっふ――とりゃー!」

 すぐにカズラは身を起こすと、ベッドに腰掛けていた俺に向かって勢いよく抱きついてきた。腰にはか細い腕が回され、カズラは俺の胸に顔を埋めてくる。

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「えへへー」

「おい、抱きつくなって」

「ペロッ……これは汗!」

「当たり前だろうが。と言うか、汚いから舐めるな」

「クンカクンカ!クンカクンカ! スーハースーハー!スーハースーハー!」

「臭いも嗅ぐな!」

「うーん……青春の臭いだね☆」

「どんな臭いだよ……」

「きっと青春が聞・こ・え・る・! その瞬間に聞・こ・え・る・!」

「ナニソレイミワカンナイ」

 どうにかカズラを引きはがすと、半眼ジト目になりながらツッコミを入れる。

 いきなり抱きついて来るのはいつものことだが、ワイシャツをめくって脇腹を舐めるのはやめて欲しい。危うく変な声が出かけたぞ。

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「ぶー。じゃあ、膝枕で我慢してあげる♪」

 無理やり引きはがされると、唇を尖らせて抗議するカズラ。

 しかしゴロンと膝の上に頭を頭をのっけると、仕方ないとでも言わんばかりに笑ってこちらを見上げる。そんな妹を見ると、穏やかな気持ちになっていくのが分かる。

 ひきこもりになってからカズラは変わった。大きな変化としては一人称が私から自分の名前へと変わり、それに伴って話し方もフランクになった。

 以前は控えめであまり自分を出さない気質だったが、今は天真爛漫にコロコロと表情を変えている。周りに遠慮してどこか遠慮がちだった性格も、今ではしっかりと自分をさらけ出せるようになった。

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 カズラは優しい人間だ。だからいつも自分より誰かを気にしてしまい、自分を押し殺していた。だが、今の妹はそんな重圧から解き放たれている。

 今のカズラと接する人間は一部に限られている。

 まだ両親とも、定期的に訪れる教師にも、カズラは会話らしい会話を交わしていない。

 言わば今の定家葛の現実世界には、兄の定家牽牛しか存在していないのと同意義だ。

 だからカズラは他人の目を気にすることなく、あるがままの自分でいられる。

 それは兄として嬉しいことでもあるが、逆に複雑な心地でもある。

 世間を渡り歩いていくための処世術を取り払い、自分に素直な生き方をする様子はあらゆるしがらみに囚われない幼少の姿をどこか彷彿とさせた。

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「それじゃ、お兄ちゃん。いつものお話聞かせて」

 膝の上に頭をのせながらこちらを見上げてそう言った。

「ああ、分かったよ」

 俺はその言葉に頷くと、ポンポンとカズラの頭を撫でながら言葉を切り出した。

 今日、学校であった出来事。何の代わり映えもしない俺の学校生活をこれから話すのだ。

 学校から帰ると俺はこうしてカズラの部屋を訪れ、一日の出来事を話して聞かせるのが日課になっていた。ちなみにこれはカズラの方からせがまれたことだった。

 こうして俺が自分の学校生活を話すことで、カズラ自身が追体験のようなものができるのならば俺自身も本望だ。

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「それじゃ、話そうか」

 そして、俺は語り出す。

 定家牽牛のありきたりな日常。その始終を余すことなく。

 今日の話は朝の教室から始まった――

あとがき

この作品は自作小説のプロローグを試験的にdenkinovel様の作品として編集したものになります。

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