オープンソース

廃墟に響く音色

弥生

本文

[bg sunset-blur]

[se walking-fall-street]

 防寒着が手放せなくなった冬休み。塾の授業も終わり、帰宅している時にその話を持ちかけられた。



「あの廃墟で肝だめしやろうぜ!」

「は?」



 突然、穂希にそう言われ、その場に立ち止まりそうになる。



「あの廃墟って四丁目の? なんでだよ」



 穂希は俺の表情を伺うように顔をのぞきこんだ後、いたずらっ子の目になり、俺に言った。



「あれ、もしかして亮君怖いのかな~?」



 人を小馬鹿にしたような言い方に少々イラつく。が、その度に腹を立てていてはコイツと付き合えないというのは分かっていた。



 空を見上げ、ハアッとため息をつく。その空は闇が粗方、橙色を食い潰していた。俺が作った白いもやも見える。



「うっせ。んで、どうして急に肝だめし? そういうのは夏にやるもんじゃないの?」

「肝だめしに季節なんて関係あるかっ!」

「えっ……」



 果たして本当にそうなんだろうか。穂希は俺に考える暇も与えず話を続ける。



「あの廃墟から、オルゴールの音が時々聴こえてくるんだよ。誰も住んでいないはずなのに」

「へえ」

「少女の声も聞こえてくるんだって」

「そうなんだ」



 反応の薄さが気になったのか、彼の口は一旦閉じる。にわかに周りの音が大きくなった。今日は風が強いため、いつも以上に体が冷える。前方からチラシが飛んできているのが見えた。



「……心底興味がなさそう」

「当たり前だ。家にさっさと帰るぞ」



 もうすぐ暗くなるから。



 何せ冬なので、いつもより空が暗くなるのが早いのだ。ここら辺は街灯も少ない。



 穂希は俺のことをしげしげと眺め、しばらく腕を組んでいたが、やがて笑顔でこう言った。



「なんか亮、母ちゃんみたいだな」

「黙れ」



 そうこうしているうちに、四丁目の廃墟に差し掛かった。一番の近い道なので、どちらにしろ通るつもりだったのだ。



[page]

[se stop]

[bg house-midnight-blur]

 いくらオンボロでも屋敷は屋敷だ。



 それなりに立派な門があり、そこをくぐれば長い長い小道が玄関へと続いている。玄関の扉は小さく見え、それほどこの屋敷が広いということが分かる。



 しかし敷地内にはこれでもかという程の草木が生い茂っていた。建物にはツタが這っており、ヒビも入っている。いかにも幽霊屋敷といった感じだ。



 ポツポツと通りに立っている街灯の光は頼りなく、電球が切れかかっているのもある。



「どうする、行く?」



 ニヤニヤしながら奴は聞いてくる。



「親にちゃんと言ったんだろうな?」

「ああ、帰りが遅くなるってだけ」

「……ちょっとの間だけだぞ」

「やった!」



 もちろん、俺も『先生に分からない所を質問してくるので遅くなる』と伝えた。電車で塾まで行っているし、電車の時間が合わなければ、少し遅く帰ってくることもある。先生と会話が弾めば尚更だ。

[se strange-wind]



 風で木葉が擦れあい、ざわざわと音を立てる。ギシギシと、家がきしむ。



 夜だというのも合わさって、ひた隠していた恐怖を一層かき立てた。



 幸い門は開いている。



 俺達は覚悟を決め門をくぐった。冷たい風が、頬を滑っていった。



 玄関へと続く小さな石畳道を歩き、そこにやがてたどり着く。ドアノブに手をかけようとして、鍵穴にいくつもの傷がついていることに気が付いた。無理やりこじ開けたということだ。実にスムーズに扉は開いた。



 中に入ることが出来た俺らは、とりあえず前進することにした。



 懐中電灯の類いを持っていなかったので、携帯の画面で部屋を照らした。



[page]

[bg house-passage-midnight-blur]

 廊下も薄暗く、不気味だが、好奇心も僅かに滲む。探検家の気分になりつつあった。



「お、何これ」

 穂希が何か見つけたようだ。

「ん?」



 俺もそこにスマホを掲げてみると、布に掛けられている薄い長方形のものが見えた。



 大きさからみると……



「鏡とか?」



 そういって布を捲ったときだった。



 その正体は予想通り鏡だった。映っているのは当然俺。だけど……



[page]

[bg black]







 ――自分の後ろに、誰かいる。







[page]

[bg house-passage-midnight-blur]



「っ!?」



 身構えていなかったので堪らずたじろぐ。恐る恐る振り返って見るといたのは――



[page]

「何だよ」



 穂希だった。何テンパってんだ俺。



[page]

[bg living-room-midnight-blur]

 ドアを見つけたので開けてみると、リビングらしき場所に来たようだった。奥にキッチンが見える。



 部屋はうっすらと埃をかぶっている。ソファーと、ガラスのテーブル、テレビ、そして飾り棚があるくらいだ。



 テレビはまあまあ大きい方だが、古いものだろう。しかしその他の家具は、さりげないが凝った装飾が施されている。きっと高級な代物だ。



 少女の幽霊はいない。



「……次に行こう」



 穂希が促した。その声は小さく、かすれている。俺はただ頷いた。



[page]

[bg black]

[se walking-on-floor]

 歩く度に、床がギシリと鳴く。見てみるとその床には、前の肝だめしの連中がつけたのであろう足跡があった。



 寒さは外よりましなのだが、すきま風が吹くと急に窓が悲鳴を上げ、ぞわぞわと寒気がした。



 階段を昇り、次の部屋へ。

[se none]

[page]

[bg bedroom-midnight-blur]

[se strange-wind]

 次の部屋は、どうやら仕事部屋のようだ。



 ベッドに机、本棚、小さな飾り棚。



 ここの部屋の家具は、割とシンプルだ。俺の部屋よりやや広い印象を受ける。



 カーテンをめくると、窓にはつたがびっしりと這っていて、月明かりすら漏らさない。



 ここも特に、これといったものはない。



「……もう帰んない?」

「えー、これからだっていうのに?」



 穂希が不満を口にしたときだった。

[page]

[bg black]

[bgm none]

 ギリ、ギリ、ギリ……。

 部屋にこだまする無機質なねじを巻く音。



「な、何か聞こえない?」



 穂希がそう尋ねた、ということは俺の気のせいではない。



 おどろおどろしい雰囲気に、俺らは顔を見合わせる。

[page]

[bg black]

[se suspicion2]





「ね、え……」







[bg black]

[page]

[bgm none]

 突如、部屋に響いた高い声。第三者のそれを聞いた俺は頭から血がスッと落ちるのを感じた。ふと穂希の方を見ると、顔面蒼白になっている。



 お互いに悲鳴を上げながら、部屋のドアへと走る。俺は動揺していたせいか、紐のようなものに足が絡まり、転んでしまった。携帯が手から滑り落ち、自分の周りが一層暗くなる。



 その間にも、穂希は遠ざかって行く。



「ほ、穂希、待て!」



 叫び声を上げながら逃げる穂希は届かない。あっという間に出ていってしまった。



「逃ゲるだなんて……酷いわ」



 少女の嘆きが聞こえる。それを無視してなんとか起き上がり、ドアノブをピストンの如く動かすが――開かない。



 おい……嘘だろ。

[page]

[bg bedroom-midnight-blur]



「ねえ、私、を見て」



 少女の声にびくりと反応し、振り返った。しかしそこには何もいない。

「見テて」



 その言葉と同時に飾り棚から、この雰囲気に不釣り合いな可愛らしい音色が響いた。オルゴールだ。急いで携帯を手繰り寄せ、飾り棚を照らす。



 小さく丸い舞台の上に、これまた小さなバレーダンサーがいる。彼女は――この場合、彼女と言っていいのか分からないが――流れるような旋律に合わせて、ゆっくりと回転していく。



 その音色は妙に音がずれていていて、暗い部屋で動いているのも合わさり、不気味さが今まで以上に増した。俺はただ、体を震わせながら立ち尽くすしかなかった。

[page]

[bgm none]







 どのくらいこうしていたのだろう? いつの間にか曲は終わりを迎えようとしている。最後の一小節まで寂しげに奏でていたオルゴールは、ぴたりとその動きを止めた。



 それと同時に、小さなバレーダンサーは優雅にお辞儀をした。今までポーズを崩さず、ただ回転していた彼女が。



 そして囁いたのだ。

「どウ……だっタ……?」



 さっきから聞こえていた声と同じ。あれは彼女だったのだ。



「よ、よよよ良かったと思いますよ」



 嘘でも上手いと言え、と本能が告げていた。しかし作り物に話かけるのはかなり抵抗があり、その声はごく小さなものとなった。



「ソ……良、かっタ」



 少女の顔が綻ぶ。俺は少しばかり安堵した。

 ――そうだ、今だったら。そう思い俺は切り出した。



「あの、もうここに入ったりしないんで……帰らせて頂けませんか……」



 自分なりの最上級の敬語で伝えた。我ながら、よく言えたと思う。かなり緊張した。丁寧に言えば少なくとも怒りを買うことはないだろう。



 レオタードの少女は、不思議そうな表情になったのち、こんな提案を出した。



「帰りタいナラ、お喋りニ……付キ合って」



 その表情は歪んでいて、何か企んでいそうな――

「!? ……分かりました」



 分かりました、とは言ったが胃がねじれるかのように痛んだ。恐怖が体を這うようにして、まとわりつく。

[page]

[bg black]

「やっぱリ誰カに見て貰わナいと……張り合イガなイね」



 ゆっくりと彼女は話を始めた。少し間を置き、続きを始める。



「こコにハお爺さんがいタ……の。毎日ノようにネジヲ回して、私の踊リヲ見ていタわ……」



 辛抱強く聞いているが、なんて聞き取りづらいんだろう。幼稚園児の方が、よっぽど流暢に話せているんじゃないか。



「イ、つも一生懸命ニ踊ってたのに……ある日、居なくなってシまったの。私の踊リ気、ニ入らなかったノね、きっと……」



 彼女は一方的に話を続ける。たどたどしい話し方だが、その様は何年も積もった伝えたいことが、せきを切って流れていくかのようだった。



「ソう思っテ、合間ヲ縫って、練習すルことにしたの……。そうしタらしばらくしテ、ポつポツと人ガやッて来ルヨうになったわ。……でも、知らない人ばっかり」



 知らない人。俺たちのような、肝だめしをしに来た人たちのことだろうか。



 話すことに慣れてきたのか、彼女の話し方は除々に滑らかになっていく。



「その中ニ、お爺さんは……いナい。誰も、踊リヲ見てクれない」



 少女の声が急に湿り気を帯びたので、俺はドキリとした。



「ずっとソんな風に過ごしてキて、私、思ッタの」



 ここまで話すのは疲れたのだろう、長いため息をついた後、彼女は俺の目を見て言った。



「大切な存在っテネ……当たり前のヨうにあったものが、当たり前でなクナったとき、初めてそうだと気付けるノよ」



 そして彼女はこちらに笑みを向けて来る。



「あノ人は私の踊りを飽きずに、見てくレたわ……ずっと、ずっと」



 うっとりとしながら、彼女は続ける。



「最後まで踊リヲ見てくれたのは、お爺さんと貴方だけなの……だから、あなたも私の、大切な存在」

「……」



 少女が話を終えると、しんみりとした空気に包まれた。



 お爺さんにまた踊りを見て欲しくて、彼女の心が宿ったのだろうか。



 でもそこにお爺さんはもういない。だからせめて、代わる代わるやって来る『知らない人』に見て貰おうとしたのだろう。



 でも、オルゴールの少女が『踊りを見て下さい』と頼んでも、皆俺らと同じような行動を取る。

 断られた少女はその度に落胆し、自分を責めただろう。



「自分の踊りが下手だから」と。



 廃墟に響く音色の正体。それはお爺さんを喜ばせたいという、純粋な気持ちだったのだ。



[page]

[bg bedroom-midnight-blur]

 ふいにバタンッ! と勢いよく扉が開いた。



「ギャアアアッ!」

「亮! 無事だな!?」



 突然現れた穂希に驚きつつも、コクコクと頷く。



「よ、良かった……」



 穂希はそうつぶやいて、ヘナヘナと床へ崩れ落ちた。



「後ろ振り向いたら、いつの間にかいないしさ! 祟りか何かで連れてかれて、死んじまったかと焦ったぞ」

「すまんかった。でも勝手に殺すな。……てあれ、どうやって入ってきた?」

「え? 普通にドアノブを握って、押しただけ」

「……『普通にドアノブを握って、押しただけ』……本当に?」



 訳も分からずオウム返しをする。



「そう。ほら」



 穂希がドアノブを持って手前に引き寄せると、確かにドアは開いた。



「え、嘘!? あ、本当だ! 何で!?」



 俺がやっても同じようにドアは開く。



「ドアを押して出ようとしてたんじゃない?」

「いやいや、いくら何でもそんなヘマは……あ……してたかも……」

「アハハ、馬鹿だなあ」

「おい止めろ。傷をえぐるな」



 人はパニック状態に陥ると、簡単なことですら分からなくなるものだ。



 そんなやり取りをしているとき、小さな影が揺らめいたのを俺は見逃さなかった。



「……!」

 彼女は円形の舞台に座り込んで小さな体を抱え込み、震えていた。



「どうした!?」



 俺が慌てて訊ねる。その様子に穂希は面喰らったようだ。



「やっとソッちに行ケるみたいなの……」



 弱々しく彼女は呟く。



「そっち?」



 彼女は何も答えない。ただ優しい笑顔で俺を見つめるだけ。



「会ったばカリなのに話を聞イテくれて、あ、リ、がトウ……」



 ああ、せっかく上手く話せるようになったのに、みるみるうちに壊れていく。



 何か、何か言わないと。後で悔やむことがないように。



「……どういたしまして」



 こんなときに俺の口から出たのは、至極普通の言葉だった。



 違う。俺が伝えたいのは、そんな言葉じゃない。しかし彼女は微笑みを絶やさない。それが余計に胸を締め付けた。



「――約束、デしょう?」



 彼女がポツリと言葉をこぼす。



「え?」

「もウ帰っても、イ、いのよ」

「でも」



 グイと腕を捕まれ振り向くと、穂希が真剣な表情で佇んでいる。



「行こう」

「……うん……」



 彼の意図が読めた俺は、後ろ髪を引かれる思いで、部屋を後にした。



[page]

[bg black]

 屋敷から出たとき、瞬いていた街灯の灯りの一つがぷつりと途絶えた。





[page]

[bg sunset-blur]

[se walking-fall-street]



「なあ、穂希の家はどうだった?」

「すげえ怒られた」

「だよな。俺ん家もだ」



 昨日は想像以上に帰るのが遅くなったため、こっぴどく叱られていた。



 俺は穂希に、オルゴール少女との一件について説明しながら、帰り道を歩いていた。



 橙色に濃紺を上乗せしたような空。そこでちらつく街灯の光。いつも通りの帰り道なのに、嵐が過ぎ去った後のような静けさがあった。







 ふと、オルゴール少女の声が甦った。







『大切な存在っテネ……当たり前のヨうにあったものが、当たり前でなクナったとき、初めてそうだと気付けるノよ』







 今思えば初め、あんなにたどたどしい話し方をしていたのは、彼女が限界に近かったからかもしれない。



 ギリギリのときに俺らが来て、少し持ち直したのだろうか。



「あ、あのさ」

「ん? 何?」

「昨日はありがとうな、その……探しに来てくれて。それから、いつもありがとう」



 彼は目をぱちくりさせたが、すぐにいつもの調子を戻した。



「こちらこそ、いつもありがとうな」

「おうよ」

[se stop]



 そうこうしているうちに四丁目の廃墟に差し掛かった。歩みが止まり、オンボロ屋敷を眺める。



 俺たちは、しばしオルゴール少女のことを想ったのだった。

あとがき

ここまで読んで頂きありがとうございます!

戻る