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少年少女と小さな銀河

浪速ゆう

本文

[bgm yokaze]

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「ねぇ」

「なんだよ」

「……なんか、思ってたのと違った」



 ゴーグルを外し、髪を掻き上げる。その仕草に戯れるように少女の周りには輪が描かれる。



「だーかーら言っただろ」



 少女は水面を揺らしながらゆっくりと泳ぐ。水に溶け込むようにスイスイと。



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「だって、水の中から見た星は絶対綺麗だと思ったんだもん」



 不平の言葉とは裏腹に、何処か満足そうな様子で水の中に溶け込んでいる。

 塩素の匂いと夏の匂い。生暖かな風が優しく吹く闇の中、少女は闇と一体だった。



「なんでそう思ったんだ?」

「なんでって……水の揺らぎと月光の照り返しで、幻想的に見えそうな気がしない?」



 少女の問いかけに「しない」とあっさり言葉を交わし、3番コースのスタート台から少女を見下ろした。



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「なぁ」



 平泳ぎからひっくり返り、仰向けになって少年を見やる。

 星と少年。街灯もない、ライトアップもされてないプール。そんな景色の中で、少女の瞳に映る世界の中心には、少年。

 少年を軸に、星は瞬いている。



「別に水の中から見なくたって十分綺麗だぞ」



 手招きし、少女を誘う。その手に導かれるように少女の体はゆらゆらと少年へと向かう。



 星を背にした少年。暗がりで少年の顔には影が差す。



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「……なんだか、ブラックホールみたいだなぁ」



 言いながらフフッと笑う。



「何か言った?」

「ううん、なんにも」



 少年の隣に上がり、見て、と言いながらツンと指された指先を追う。

 するとそこには、満天の星空がふたつ。



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 いいや、それはみっつ。



「ほら、綺麗だろ」



 にっこり笑う少年の瞳にも輝く星々。それにつられて少女も微笑んだ。



「ほんとだ。天の川があるみたいだね」

「川? プールなのに?」

「プールなのに」



 微笑む少女に向かってふーんと言いながら、目の前の天の川に視線を送り、



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「…………なら俺たちはさしずめ、織姫と彦星ってところかな」



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 ぽそりと言った言葉は、そばにいた少女の耳にも届いていた。

 言葉は少女の中にある小さな何かを弾けさせた。瞳を爛々と輝かせ、少年を見つめている。



 少年は空を仰ぐ。



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「ねぇ」

「……なんだよ」

「照れるなら言わなきゃいいのに」

「うっせ」



 闇の中でも分かるほど、少年の頬は高揚していた。

 デネブ、アルタイル、ベガ。夏の夜空を飾る大三角。

 そこから少し南へ下ると現れるアンタレスという名の赤星。



 少年はアンタレスに負けず劣らず、赤らみながら輝いていた。



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「でも、そうだね。私達の場合はもっと会えなくなるかもしれないけど……」



 天の川を真っ直ぐ見つめ、動かない。

 少女はただ、そう淡々と言っただけ。まだあどけなさが見え隠れしている少女を、澄んだ空気と夜の闇が少しだけ大人にさせていた。



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「……引越しの準備、出来たのか?」

「うん」

「俺、会いに行くから」

「無理だよ。遠いもん」

「無理なもんか」



 その声は大きく、そばにいる少女も、星の光さえも揺るがした。



「だって、方向音痴じゃない。だからきっと、たどり着けないよ」



 そう言って小さく笑う。クスクスと笑う小さな声は銀河の中に飲み込まれて、消えた。



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「……ガキ扱いすんなよ」

「だって、ガキじゃん」

「なんだよ」



 掴まえようとする少年の腕を交わし、少女は満天の星空へ飛び込んだ。



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 ーードプン。



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 星空は波を打ち、揺らぐ。

 その揺らぎが収まりかけた頃、そこから顔だけを覗かせる。



「俺だっていつまでもガキじゃねーぞ」



 ドプン。



 再び星空が大きく揺らぐ。

 少年が勢いよく顔を出した瞬間、少女の瞳からーー流れ星がひとつ。



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「……だって、だってさ。私達はガキだよ。ガキだから私はここを離れるしかないんだよ」



 ふたつ、みっつ。流れ星は流れてゆく。



「ガキだから私達が離れるのは、仕方ないんだよ」



 流れ落ちたそれは、音も無く、水面に小さな波紋を広げるだけ。広がる波紋は満天の星を消してゆく。



 ひとつ、ふたつ……。



「……でも、大人にもなりたくないなぁ」



 そう言って、笑った。泣き顔のまま笑った。



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「大人になったら変わっちゃう。きっと私達は変わっちゃう。それは嫌だよ」



 両手で顔を覆い隠す。

 それはまるで闇に紛れようとでもするように。紛れて溶け込んで、そのまま闇の中に消えようとでもするように……。



 そんな少女の手を掴み、少年の瞳は優しく輝きだす。

 見守るように、密やかに囁くように。



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「大丈夫。全てが変わるわけじゃないから」





 見て、と少年は天に向かって指を指す。



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「街が変わって景色が変わっても、この星空は変わらない。だから、もし不安になった時は、空を見上げればいい。空にはきっと星が瞬いてる」



 不満そうな表情で見上げる。けれどその瞳からはもう、流れ落ちるものはない。



「……いつも空が晴れてるとは限らないじゃない」

「それならこうやって目を瞑ればいいんだ」



 少年は少女の瞼に手を当てる。そうして少年も瞳を閉じた。



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「こうやって、今日の事を思い出せばいい」



 ゆっくりと手を放し、少年も目を開けた。



「じゃあ……それでも、寂しい時は?」

「その時は……」



 少年は空を見上げ、つられて少女も空を仰ぐ。



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「光の早さで探しに行くよ。

光の早さに勝てるものはないんだ。だから迷ったって何したって、俺はちゃんと会いに行く。だってほら、」



 少年は少女に視線を移した後、自分のいる場所に目を向けた。



「……ここは天の川なんだろ?」



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 少女の瞳に映る世界は、闇が広がり続けている。

 けれどここは闇だけじゃない。少し視線を変えれば、輝く星々が2人を包んでいる。



 それは優しく、ひっそり、ただ見ているように。



 水面に揺らめく星。夜空でチカチカと煌めく星。それらの全てが2人を応援しているようで、祝福しているようにーー。



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 やがて少年は、最後にこう言った。



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「織り姫と彦星は、会えないくらいで気持ちが変わったりなんかするもんか」



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 その夜の2人を包む小さな銀河は、ただひっそりと見守るように煌めき続けた。



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 たとえ、何億光年経とうともーー。



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    【fin】

あとがき

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