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きみのいる場所

かるた

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 本当に何気なく、ただ、「その目、どうしたの?」って聞いただけなのに、兄はなんだかもったいぶった雰囲気でひとつ息を吐いてから、「まあ、お前は忘れてるんだろうけど」なんてちょっと馬鹿にしたような調子で話し始める。

 しかもすぐ後に「俺の小さい頃、ビックリマンチョコってのが流行っててさ」なんて続けるから、そんなの忘れてるんじゃなくて興味無いだけだしだいたいあたしが訊いたことと全然関係ないし、と言いたくなるけれど、こっちの不満なんてまるで気にする様子も無く兄の言葉は続いていく。

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 ちなみに流行ってたのはチョコじゃなくてシールな。ビックリマンチョコの話。チョコのオマケについてたシール。それが流行ってた。なんであんなの欲しかったんだろ、なんて今になっては思うけどさ、あんときは夢中だった。ま、オマケのほうが流行るなんてよくある話だけどな。たかが30円の菓子買うのに予約とかあったんだぜ? 買うのも一人何個までとか。まあ、そんだけ流行ってたってこった。

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 んで、シールにもレアなやつがあるわけ。買っても買ってもなかなか出ないやつ。またそのシールがキラキラしててさ、みんなそいつが欲しかった。ただ、中に何が入ってるかなんて普通分からない。買って開けるまで分からない。いろいろ噂はあったけどな。箱に並んでる場合、端っこにキラキラシールが入ってるだとか、印刷に微妙なズレがあるやつが狙い目だとか。ま、こんなのはいわゆる都市伝説みたいなもんで、結局のところ中に何が入ってるか普通は分からない――ってのはさっき言ったとおり。普通はな。

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 それが分かるやつが居た。同じクラスのアキラってやつ。声が小さくて暗そうなやつだったから、みんな相手にしてなかったんだけどさ、なんかの拍子で一緒に遊びに行ったわけ。きっかけ? 先生に何か言われて、とかそんなとこだったと思う。子供ってやつは単純だからな。単純なんだよ。良くも悪くも。

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 んで、不意にアキラが言うわけだ。店の中でな。「これ何?」ってさ。ビックリマンだよお前知らねえの? ほら俺のシール見せてやるし今から買うとこだからお前もひとつ買えよ30円くらい持ってるだろ?「……ある、けど、でも」ならいいだろああもう早く選べよ予約せずに買えるのってもうここぐらいなんだよなんなら俺が選んでも――ってなときにさ、「これにする」なんてはっきりした口調でアキラが言う訳だ。なんか嬉しかったな。仲間になったって気がした。もちろん、先生に怒られなくて済む、なんてことも思ってただろうけど、まあ嬉しかったのはホントのところ。

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 もちろん、店を出たらさっそく開けるわけだ。俺のは悪魔シール。しかも持ってるやつ。最悪だった。んで、アキラを見たらヘッドが出てるのな。キラキラしたやつ。悔しかった。俺がそっち買えば良かった! って思った。でもさ、「すげー!」「これ9弾?」「すげーな!」とかみんなが騒いでるのに当のアキラはきょとんとしてる。何も分かってない。そう思った。キラキラしたやつがどんだけ価値があるかとかそれ持ってたらクラスの男連中にどんだけ羨ましがられるかとかそういうことが。だからきょとんとしてるんだと思った。ま、結局のところ、意味が分かってなかったのはこっちのほうだったんだけど。

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 なんとなく見える。アキラはそんなふうに言ってた。キラキラシールがどこに入ってるか分かる。そういうことらしかった。ただ、これでアキラがクラスの人気者に――とはいかなかった。小学校高学年。そういう年代ってさ、魔法とか超能力だとかに憧れながらもそういうのはありえないって気付き始めたころでさ、「どれにキラキラシールが入ってるか分かる」なんて言い出しても、ハイハイわかったわかったってな感じだった。

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 クラスメイトに居なかったか? 友達の友達が芸能人だとか親戚にプロ野球選手が居るとか東京に行ったときスカウトされたとかそういうことを自慢げに話すやつ。ま、そういうのと同じように扱われた。だいたい『なんとなく見える』ってのも曲者だった。調子のいい日と悪い日がある。そんなこと言いだしたらもう嘘くさいだろ?

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 でも俺は信じた。透視。千里眼。超能力探偵。そういうやつを信じたかった。そういうやつが居て欲しかった。ボロボロの藁にだってすがりたかったし特売のイワシにだって土下座したかった。

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「居なくなった妹を探して欲しい」

 俺がそう言ったときのアキラの顔はまだ憶えてる。嬉しそうだったよ。本当に嬉しそうだった。いつも俯いてたアキラが、珍しく顔をまっすぐに上げてくれた。アキラの目をまともに見たのは、そのときが初めてだったかもしれない。左目がガイジンみたいに青かった。透明な青は水槽みたいだった。なんかかっこいいな、ってそんときは思ったけど、アキラは気にしてたんだろうな。前髪を伸ばして、いつも俯いてた理由。いじめられることもあったのかもしれない。

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 ちなみに妹が行方不明になってたのはそんときから二年くらい前。事件だとか事故だとか拉致だとか神隠しだとかいろいろ言われてたけど結局妹は見つかってなかった。今だったら死んでるとか殺されてるとかそういうことを考えるんだろうけど、そんときは生きてると信じて疑わなかった。信じてるってのとはちょっと違うな。当然生きてるもんだと思ってた。テレビでやってる殺人事件とかそういうのは東京とか大阪とかいわゆる都会で起こるもんで、俺の住んでるようなのんきな田舎とは関係ない。そんなふうに思ってた。

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 初めはさ、妹なんて見つかっても見つからなくてもどうでもいいと思ってた。別に仲が良かったわけでもないし一緒に遊ぶこともあんま無かったし、とにかくやたら生意気な妹だったから、居ないぐらいがちょうどいいと思ってた。

 ところが居なくなって初めてそのありがたみや家族の大切さが――なんて言うほうがいいんだろうけど、実際のところはちょっと違う。

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 親がさ。鬱陶しいんだよ。とにかく。

 妹が居なくなってから。オヤジやオフクロだったら当然死んでるとか殺されてるとかそういうことを考えてたんだろうし、暗くなるってのは分かる。単に暗くなってるだけなら俺だって我慢できたかもしれない。

 でもさ、『一緒に○○サマにお祈りしましょうね日頃の行いを反省しましょうねもうどうして言うこと聞かないのおとなしくできないの何が気に入らないのアナタがそんなだから――』ってのはどう考えても違うだろ? あのころは最悪だったな。最悪だった。

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 そういや、オヤジとオフクロ、いまどうしてんだろ。

 ま、会ってどうなるってことでもないし別に会いたいとも思わないし説明するのがめんどくさいからどうでもいいけどな。

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 ま、そんなわけでさ。アキラと俺。それからケンジ。三人で妹を探すことになった。

 あ、ケンジのことは憶えてんのか。そうそう、俺の二つ下。チョロチョロくっついて回る弟みたいなやつだった。アキラともすぐ打ち解けてたな。ひと懐っこいやつだったから。ケンジのことは今でも弟みたいに思ってるよ。お前には分からないんだろうけど。

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 夏休みまであと一週間。そんなころだった。放課後、集合場所はいつも体育館の裏。それまでも三人で探してたけど、その日はいつもと違ってた。アキラは照れくさそうにランドセルを開けて、ビックリマンチョコ10個を出してきた。「昨日、買ってみた」アキラはそれだけ言って、何か促すようにビックリマンチョコを渡してきた。未開封だった。開けてみて。きっとそういうことなんだろう。目が合ったアキラは小さく頷いて、それから真剣な表情になった。

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 透明な青。アキラの左目。不思議な感じだった。目の前に居るのは誰なのか。鼻の奥あたりがツンと痛んだ。

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 魔法にかけられた。そんな時間だった。全部が全部、10個が10個ともキラキラシール。ケンジはやたらに興奮して、キラキラシールを覗き込んでは声をあげてた。

「今日、見つかると思う」

 呟くようなアキラの声。心臓が跳ねる。指先の震えが止まらない。何か生温かいものが自分の中に入ってくる感覚。

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 ――じゃあ、スコップ持っていこうか



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 自分の声じゃないみたいだった。何だろう。そのときに分かった。

 妹はとっくに死んでいて土の中に埋められている。そのことを突然に理解した。哀しくないのが不思議だった。奇妙な感覚だった。

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 妹は死んでいる。妹の体は死んでいる。動かない。妹の体は土の中で眠っていてもう動かない。それなら妹はどこに居るのか。どこに行ったのか。いまはどこに居るのか。そんなことを考えた。

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 見れば分かる。行けば分かる。

 そんな言葉が繰り返し繰り返し頭の中をぐるぐる回って不意になんだか気持ち悪くなって目を閉じて大きく息を吐いてそれから目を開けたらどういうわけかすぐそこに居るのが自分で

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――大丈夫?

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 アキラの声は直接脳の中からじわりと染み出してくるようだった。

 大丈夫。大丈夫。自分に言い聞かせるみたいに何度も何度も。繰り返し、繰り返し。

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 廃墟になったロープウェイ乗り場に自転車を停めて――そう、霞山んとこだな。そんなことは憶えてんのか。あのロープウェイっていつまで動いてたんだろな。ま、それは俺も知らないしどうでもいい。

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 暑かったよ。すげー暑かった。夏休み前ってことを差し引いても暑かった。自分の血がどくどく流れてるのが分かった。

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 ここに居る。

 ここに居る。

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 それはアキラの声なのか自分の声なのか。夕暮れでもセミはうるさく鳴き続けて、なんだか急かされてるように思えてくる。

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 はやくはやく。

 はやくはやく。

 

 その声は山に入るとますますひどくなった。

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 草を掻き分けながら枝を折りながら。獣道を進むアキラは無言だった。ついて来い、なんて雰囲気でも無かった。

 行くべき場所が確かにあって、ただそこに引き寄せられるような感覚。暑さとセミの声だけが鬱陶しかった。

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 ここに居る。

 ここに居る。

 はやくはやく。

 はやくはやく。

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 ケンジだけがひとり、やたらとはしゃいでた。キラキラシールを一気に10枚も貰ったのが嬉しかったんだろうな。子供ってやつは単純だから。持たせてるスコップも別に苦じゃないみたいだった。

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 今になって思えば、ケンジにスコップを持たせたのは失敗だったかもしれない。

 もちろん、何が正しくて何が間違ってるなんてことは曖昧でふわふわしてよく分からないし今更考えたって何がどうなるって事でもないけれど。

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 湿った土は赤黒かった。腐った葉が地面に溶けているのが分かる。

 ここだ。ここ。ここに居る。先に立ち止まったのはアキラだったかもしれないし俺のほうだったかもしれない。

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「帰ろう。帰りたい」

 不意にケンジがそんなことを言い出した。辺りは夕暮れの赤に染まってもうすぐここも真っ暗になりそうだった。ケンジは単純に不安だったんだろう。暗くなるのが怖かったんだろう。

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「どうする?」

 アキラは心配そうだった。アキラは優しいやつだった。だからクラスでも地味だったんだろう。

 優しいやつほど自分の想いを通すことが怖くなる。誰かを傷付けるのが怖くなる。

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「掘ろう」

 言ったのは間違いなく俺だった。

 ただ自分のために。確かめるために。妹はどこに居るのか。どこに行ったのか。確かめたってどうにもならないのに。

 優しかったオヤジやオフクロが帰ってくるわけでもないのに。

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 ケンジは俯いたままで何も言わなかった。スコップに体を預けて下を向いてた。

 疲れたのかもしれない。そのときはそう思った。

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 セミはまだうるさいくらいに鳴き続けて、辺りは夕暮れの暗い赤。

 体からじわりと染み出してくるのは汗じゃなくて血みたいにも思えた。

 湿った空気は肌にまとわりついて、自分の体が重くなっていくみたいだった。

「……それなら」

 アキラは遠慮がちに頷く。

 何か後悔してるように見えたのは、こっちの想いが伝わったからかもしれない。

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 そのときだった。

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 鉄の塊。スコップが不意に振り下ろされる。

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 力任せに。

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 頭の上に。

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 噴き出した血で視界が赤に染まる。世界は夕暮れの赤と溶け合ってぼんやりと揺れている。

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 何が起こったのか分からない。分からない。

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 むせかえるような血の匂いに吐き気がする。割れた頭からは脳がこぼれて何か別の生き物みたいにうごめいている。ぴちゃり。腐った土に命のかけらが落ちる音。

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 スコップを手にしたケンジは笑ってた。

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 赤黒い世界の中でひとり、ただただ嬉しそうに。

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 血まみれで。血だらけで。

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 ふふ。ふふふふ。

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 笑い声は地の底から響いてくるみたいだった。

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 さて、お前に質問。





 ――どうしてケンジはそんなことをしたんだと思う?

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 お前には分からないだろうけどな。

 兄はそんな口調で問いかけてくる。つまらないくだらないどうでもいいことをこんなふうにもったいぶって自慢げに語って優越感に浸りたいのがいわゆる兄って存在なんだろう。たいした質問でもないのに。クイズにもならない。

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 答なんて決まってる。分からないやつが居るもんか。分からないやつが居るならそれはよっぽどのお人好しで平和主義者で勘の鈍いやつなんだろう。

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 小学生だって人を殺せる。低学年だって関係ない。子供なんてものは単純だから本当に簡単に人を殺せるんだ。

「ケンジが犯人だから、でしょ?」

 その妹を殺したのがケンジだから。掘り返すと自分がやったことがばれると思ったから。馬鹿みたいに単純でつまらくてくだらなくてどうでもいい事件。

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 それなのに、待ってましたとばかりに「それは違うね」と兄は小さく笑う。まるであたしの答が分かってたみたいに。何を言うのか知ってたみたいに。やっぱりお前は忘れてるんだな、なんて言う兄はやっぱりあたしのことを馬鹿にしてるんだと思う。

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 それじゃ解答といこうか。

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 子供って単純なんだよ。とにかく単純なんだ。

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 寂しかった。ただそれだけなんだ。ただそれだけのことなんだ。

 たったそれだけ。単純な話だ。

 そのときの顔。俺をスコップで殴ったときのケンジの顔はな、

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 確かに妹のそれだった。

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 生意気で口ごたえばっかりでチョコレートが好きでグリンピースが食べられない妹の表情で間違いなかった。あのときのケンジは妹だった。そういうことだ。

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 ここに居る。ここに居る。はやく。はやく。

 ずっと聞こえてたあの声。今になって思えばあれは妹の声だったのかもしれない。湿った土の上に倒れながら思った。どろっとした肉の塊に触れながら思った。遅くなってゴメン。ダメな兄貴でゴメンって。本当はもっとはやく気付いてやるべきだったんだろう。家族なんだから。兄貴なんだから。

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 寒くてひとりで真っ暗で、誰にも想いは届かない。妹はそれが寂しかったんだろう。寂しくてたまらなかったんだろう。誰か傍に居て欲しかったんだろう。葬式でもしてればまた違ったんだろうけどそうもいかなかった。警察は何も出来なかったから。見つけられなかったから。線香のひとつでもあげてれば違ったんだろうけどそれすらしてなかった。死んでるなんて思わなかったから。死んでるなんて思いたくなかったから。妹はずっと誰かが来てくれるのを待ってたんだろうな。ひとりで。冷たい土の中で。

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 アキラには本当に感謝してる。アキラが居なけりゃ、妹を見つけることなんて出来なかったんだから。

 透視。千里眼。超能力探偵。どう呼ぶのがアキラに相応しいのかはよく分からないけど、アキラの力は本物だった。助けてくれるのは警察なんかじゃなくてアキラだった。ヒーローだった。

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 誰が犯人かなんてつまらなくてくだらなくて本当にどうだっていいんだよ。犯人なんてアキラは見つけるつもりは無かったし俺だってそんなつもりはなかった。

 いいんだよ。妹には会えたんだから。妹を見つけることは出来たんだから。アキラは優しいやつだった。アキラの優しさは本物だった。

 だから――

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 兄はそこで不意に言葉を止める。その表情は寂しげで、なんだか自分の兄じゃないみたいに思えてくる。

 そういえばここはどこだろう。そんなことを今更に思う。

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 見たことの無い部屋。見慣れないベッド。知らない柄のカーテンに、興味が沸きそうも無い雑誌。兄の部屋はこんなだっただろうか。そもそも、目の前に居るのは――

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「……お兄ちゃん?」

 現実にゆっくりと手を伸ばす。触れれば壊れてしまうのかそうでないのか。何も分からない小さな子供のように、ただ無邪気に。

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 ――なんだよいまさら。

 偉そうに腕を組む兄の仕草は確かに記憶の中にある。めんどくさそうで、それでいて嬉しそうな笑みも確かに憶えている。

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 大丈夫。大丈夫。

 ひとつ息を吐いて視線を上げると、兄の左目はまるで別の生き物のようにぎょろりと動いて見えた。





(了)

あとがき

denkinovel とても良いものだと思いました!

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