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今日のロリババァ 2月14日

yokaigundan

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<「今日のロリババァ 1月2日」の続きです>





今日のロリババァ 2月14日





 風邪をひいた。熱が三十八度五分ある。



「色々と立て込んでて忙しいってのに……」



 仕事は忙しい。とても忙しい。



 が、今日のところは休みの連絡を入れた。



「くっそ……」



 惨めなものだ。



 近所のコンビニへ出掛けることも難しい。



 だから、自然と口をついて出たのは、そんな情けない言葉だった。



 独り身とあっては、誰の看病もない。



 孤独だ。寂しい。



「……飯、どうするか」



 買い置きの食料は、残すところピザが二枚。食って食えないことはないが、胃にもたれること請け合い。下手をすれば吐く。



 けれど、外に出る元気は無い。



「マジで、クソだな俺の人生……」



 酒が入れば、これでも少しは幸せな気分になれるのに。



 酒が抜ければ、酷く憂鬱な気分ばかりが続いてくれる。



 アル中ってヤツだ。



 そして、風邪をひいた身の上、まさか酒を飲むわけにもいかない。



「…………」



 グダグダと布団の中で腐っている。眠れるのなら、それが一番に良いのだけれど、今まで延々と眠っていたので眠気はない。加えて、長らく横になっていたせいか、腰が痛くて堪らない。



 現在、時刻は正午を多少ばかり回ったあたりだ。



 あと半日をどうやって過ごすべきか、熱に朦朧とする思考に悩む。



 すると、不意に鳴るインターホン。



 ピンポーンと乾いた音が、静かな一室に響いて聞こえた。宅配物か何かだろうか。けれど、取り立てて頼んだ覚えは無い。また、誰かに何かを送られたことなど、ここ数年、一度も無い。



 考えられるのは宗教勧誘か、健康商品の押し売りか。



「……うるさいな」



 しばらくを無視しても、インターホンは鳴り続けた。



 ピンポンピンポンと小気味よい音が、延々と一定のリズムで届けられる。



 放っておけば諦めるかと思ったが、随分としぶとい。



「ったく」



 いい加減に頭痛が酷くなりそうだと、身体にむち打ち身を起こす。そして、部屋の一角に取り付けられた、ディスプレイ式の受け口へと向かった。



 電話の受話器と液晶画面からなる端末だ。



 眺める先、そこには誰の姿も映っていなかった。



「……なんだよ、おい」



 ただ、未だにインターホンは鳴り続けている。



 幽霊だろうか。それとも透明人間の類いだろうか。一瞬は我が目を疑ったものの、やはり、幾度を見返しても見えないものは見えない。



 仕方なく受話器を取る。



 これで音声回線が玄関前の呼び出し口へ繋がる。マンションのエントランスに設けられた自動ドアは、このインターホンの脇に付けられたボタンにより開閉できる。逆に言えば、俺がボタンを押さない限り、この謎の来訪者は中へ入ることが出来ない。



 だからこうして、延々と呼び鈴を鳴らし続けているのだろう。



「はい、どちら様でしょうか」



 若干の苛立ちと共に訪ねる。



 すると、返された声は酷く淡々としたもの。



「夜露だ」



「……え?」



「夜露だ」



「え? あの、どちら様で……」



「夜露だ」



 夜露らしい。



 なんだそれは。



 一瞬、呆然となったところで、ふと、一昨日の晩の出来事を思い起こす。そう言えば、同じような響きを耳とした覚えがある。近所の神社へ夜中に初詣へと向かった際のことである。



「……菓子は美味かったか?」



「美味かった」



「日記は、付けてるか?」



「付けている」



「……そか」



 人差し指に自動ドアの開閉ボタンを押した。



 ディスプレイに眺める先、エントランスのガラスドアが開いた。応じて、画面の端に子供と思しき何某かの歩む姿が、一瞬ばかり垣間見えた。



 赤い和服と長い白髪が特徴的な女の子だった。



「マジか……」



 ボタンを押してから、はたと気付く。



 風邪どころの騒ぎじゃない。



 どうして住所がばれているんだ。



 わたわたと慌てているうちに、ピンポーン、今度は個別戸の玄関脇に設置された呼び鈴が鳴る。数メートルの先、玄関扉を隔てて、そこには例の幽霊少女が立っているのだろう。まだ昼間だと言うに。



「…………」



 無視する訳にもいくまい。住所が流出してしまった後だ。下手を打っては後が怖い。居留守をするにしても、既に返事は返している。覚悟を決めて、俺はパジャマ姿のまま、玄関へと向かった。



 ガチャリ、錠を落としてドアを開く。



 その先には想定したとおり、一昨日に出会った幽霊が立っていた。



「夜露だ」



 夜露らしい。



 語る調子は不気味。声色には抑揚がなく、加えて妙に低い。表情もこれに倣うよう、感情の感じられない無表情なもの。ただ視線はジッと、こちらを見つめて止まない。指先一つ動かさずに、眼差しだけを向けられる。爛々と輝く赤い瞳。



 日本人には有り得ない色白な肌が、暗がりにジットリと浮かび上がる様子は、今に口としたとおり、まるで幽霊のよう。腰下まで伸びた白に近い銀色の長髪と相まり、外見は極めて浮き世離れして思える。



 血液のように鮮やかな朱色の着物は色無地。地紋は縮緬。帯には淡い白に蘭の花が窺える。地味な色つきと葉の形は東洋蘭。白い花びらの中にうっすらと紅が引かれている。以前に出会った際と同じ姿格好だ。



「光源氏だ」



 とりあえず、こっちも名乗っておく。



「久しいな光源氏」



「そ、そうだな」



 ジッとこちらを見上げたまま、淡々と語ってくれる。



 見ず知らずの幽霊を自宅に招くのは抵抗が大きい。けれど、外は非常に寒い。気象情報によれば氷点下一度。尚且つ、俺は風邪をひいている。玄関先に長く立っていては、更に調子を崩してしまう。



 仕方なく言葉を続けた。



「立ち話もなんだから、なかへ入るといい」



「……お邪魔する」



 すると、夜露は丁寧に下履きを抜いて、玄関の脇へちょんと並べ置いた。



 子供用の小さい草履。



 行儀の良い幽霊だ。



 しかし、冬場に草履とは、寒くないのだろうか。



 僅かばかりの廊下を過ぎて、唯一の居室へと連れ立つ。幸いにして室内は、大晦日に掃除をして以後、取り立てて散らかることなく小綺麗を保っていた。



 俺はそのままベッドへと歩み、縁へと腰を下ろす。



 他方、夜露はと言えば、こちらの足下、床上へちょこんと正座をして座った。



「いや、硬いし冷たいだろ。そこの椅子かベッドの上に座れよ」



 我が家はフローリングだ。絨毯の類いも敷いていない。エアコンこそ入れているが、肌に触れればひんやりとする。腰を掛けるならば、デスク前に置かれた椅子か、ベッドの二択となる。



「ではベッドの上に座る」



「お、おう……」



 ベッドの縁、俺のすぐ隣に幽霊が腰掛けた。



 尻と尻の間に拳一つ程度。距離が近い。



「あんまりくっつくと、風邪がうつるかも知れないぞ」



「風邪?」



「ひいてるんだよ」



「なるほど」



 こちらの側を見上げて、無表情に頷く。



 だが、特に距離を置いたり、口元を手に覆ったりはしない。眉一つ動かさない。本当に理解しているのだろうか。



 などと考えていると、ふらっと来た。どうやら、少しばかり動き回ったことで、熱が上がったらしい。



「あの、ちょっと悪いけど、橫になっていいか? ……辛いんだ」



「横になるといい」



「……おう」



 許可を貰ってベッドの上、掛け布団の下に潜り込む。



 ぬくい。



 少しばかり冷めた布団が、すぐに自らの体温で暖められてゆく。



「大丈夫か?」



「ただの風邪だし、寝てれば大丈夫だろ」



「……そうか」



 椅子に腰掛けたまま、ジッとこちらを見つめてくる。



 何がやりたいんだコイツは。



「ここに居てもつまらないだろ? なにもやることないし」



「つまらなくはない」



「……そうかい」



 幽霊の考えることはよく分からない。俺の見えない何かが、見えていたりするのだろうか。それはちょっと困る。見えない同居人なんて気持ち悪い。



 などと考えていると、グゥ、腹が鳴った。



 身体の調子は悪くても、身体の消費活動は相変わらずだ。



「腹が減っているのか?」



「まあ、ほどほどには」



「…………」



 とは言え、自分で買いに行く根性もない。喉の渇きならばまだしも、空腹程度ならば我慢に過ごせてしまう。今は近所のコンビニへ流動食を求め行くより、ベッドで横になっていた方が良い。



「ちょっと待っているといい」



「え?」



「ちょっと待っているといい」



「…………」



 何を考えたのだろう。夜露がベッドの縁から降り、床へと立つ。



 そのまま言葉無く踵を返して、玄関へトコトコと、歩み早に。



「お、おい……」



 バタン、ドアの開いて、閉じる音が響いた。







◇ ◆ ◇







 どれくらいの時間が経っただろう。腹の減りも眠気に散らされて、うつらうつらとし始めた頃合のこと。



 バタバタ、人の歩み来る気配に意識が覚醒した。



 玄関のドアが開いて、閉じて、更に廊下を歩む足音が続く。今まさに眠りに落ちようとしたところで、ついと掬い上げられた案配だ。



 そして、すぐ近くから届けられる声。



「待たせた」



「……夜露か?」



「そうだ、夜露だ。待たせた」



「あ、あぁ……」



 ベッドの上、身をよじって声の聞こえてきた側へと視線をやる。すると、そこには夜露の姿。しかも何やら、両手にミカンを抱えている。五つ六つくらいだ。



 どうやら取ってきてくれたらしい。



「……食べるか?」



「俺に持ってきてくれたのか?」



「そうだ。うまいぞ」



「……ありがとう。貰うよ」



 正直、起きるのはしんどかったが、せっかく彼女が俺なんかの為に、この寒いなかを取りに行ってくれたのだ。そう思うと、自然と身体は起き上がっていた。



 独り身が長いので、なんというか、凄く嬉しかった。



「ゆっくり食べるといい」



「ああ、ありがとう」



 どこから持ってきたのだろう。



 腕に抱いたミカンの山をぐいと差し出す。その一番上から一つを掴んで手に取った。幾らか小粒だが、色つやの良い甘そうなミカンだ。触れた感触も柔らかい。皮がとても剥きやすそうだ。



 どうにも力の入りにくい指で、ゆっくりと皮を剥いて、房を一つばかり千切り、口へと運ぶ。随分と甘い。良いミカンだ。昨今、外食やコンビニ通いが祟って、ミカンなど久方ぶりである。



 まるでポチャンと音を立てるよう、喉を流れて、胃の中へと収まった。



「うまいな、これ」



「おすすめというやつだ」



「そうか、おすすめなのか」



 幽霊のオススメなど滅多でない。



 幽霊もミカンを食べて、その味を美味いと感じるのだと、少し関心した。



「もっと食べるといい」



「あぁ、ありがとう」



「おかわりもある」



 進められるがまま、俺はミカンを口へと運ぶ。



 熱っぽい体に、ほど良く冷えたミカンは思いのほか心地良く、三つばかりぺろりと食べてしまった。繊維質なので消化が良くないと思うのだが、おいしく食べられたということは、それは食べるべきなのだったと判断しておく。



 その間、夜露は黙ってジッと、こちらを見つめていた。



「あぁ、うまかった」



「そうか。良かった」



 良い具合に腹が膨れた。



「ありがとう。凄い助かった。本当」



「別にたいしたことじゃない。気にするな」



「いやいや、割と大したことな気がする」



 病の身の上、こうして他人に看病をして貰うなど、何年ぶりだろう。下手をすれば二桁に届くのではなかろうか。



 そう考えると、殊更ありがたみが増す。



 他方、もう少し人付き合いをしないと、今後、色々とまずいかもなと、自身の交友関係に危機感を募らせた。



「……そうなのか?」



「そうだよ。少なくとも俺はそう思うけど」



「そうなのか」



 多少を考えたところで、小さく頷いて応じる夜露。



 そして彼女は、俺を見て、まだ腕に残る幾らかのミカンを見て、また俺を見る。



「…………」



 ややあって、何を考えたのか、すぐ傍らにあった机の下へ、トコトコと歩む。



 パソコンやら何やらの設けられたデスクだ。



「残りはここへ置いてく。腹が減ったら食べるといい」



「いいのか?」



「夜露はいつでも食べられる。気にするな」



「そうか……じゃあ、ありがたく貰っておくよ」



「そうするといい」



 頷いて机の上へ、残るミカンを一つ一つ丁寧に並べて行く。



 その小さな手がミカンを並べる様子は、なんだろう、凄く微笑ましい。



 やがて彼女は、卓上へミカンを全てを置いたところで、こちらを振り返った。



「ゆっくり眠るといい。お邪魔した」



「いや、ありがとう。助かったよ」



「ではな」



「今度、必ずお礼に行くから。場所、あの寺でいいよな?」



「……別に来なくても良い」



「すぐには行けないかも知れないけど、必ず行くから」



「……分かった。来たいなら来るといい」



「ああ、ありがとう」



「その為にも、早く元気になるといい」



「そうだな」



「では、またな」



 そうして、多少ばかりの問答の後、クルリ、夜露は踵を返す。やって来た際と同様、静々と部屋から去って行った。



 短い廊下を歩む足音は、悲しくも、すぐに聞こえなくなって、バタン、玄関のドアが開いて、閉じる音が響く。



「…………」



 本来なら、戸の鍵を閉めに行くべきところだ。けれど、どうにもそうすることが憚られて、俺は体を横にした。



 シーツの上に寝転がり、掛け布団を口元まで深く被る。何故だか、心なしか、具合が良くなった気がした。



 眠気はすぐに、訪れた。











 そして翌日、夜露のミカンが効いたのか、風邪はすっかり良くなっていた。

あとがき

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